神経リハビリテーション研究室(ニューロリハビリテーション研究室)

国立病院機構新潟病院臨床研究部神経リハビリテーション研究室(ニューロリハビリテーション研究室)
研究室長 中島孝(病院長)2023年6月5日作成

ニューロリハビリテーションとは

成人の脳は、傷害されると神経再生はできず神経回路接続も回復しないと脳神経病理学では考えられてきた。しかし、成長発達期だけでなく、成人期においても、スポーツ動作、道具の操作など、新たな動作を獲得することができるし巧緻性を高めることもできる。老化の過程においても杖をつき歩く方法も、歩行器を使って歩く方法も新たに習得することができるし、傷害脳においても動作を再学習することも、新たな動作を獲得することもできる。これらはすべて運動学習といえる。これらの生物学的な基盤は、神経可塑性であり、神経接続が強化されたり、新たな神経回路がつくられたりすること対応している。この過程を意図的に強化する方法をニューロリハビリテーションと私達は呼んでいる(解説論文「神経疾患および神経筋疾患に対する装着型サイボーグHALを使ったサイバニックニューロリハビリテーションの確立」 中島2023年5月



ニューロリハビリテーションの方法

ニューロリハビリテーションの歴史的流れを鳥瞰する。私達の研究室では1,3を参照しながら、医学的治療とリハビリテーション領域で4の研究を行っており、2の改良もこころみている。
1. ニコライ・ベルンシュタインの業績
旧ソ連の神経生理学者のベルンシュタインが提唱した運動システム理論が重要である。彼は系統発生的に引き継がれている運動エングラムを基に、巧緻性を高める運動学習モデルを考えた(参考文献:デクステリティ 巧みさとその発達2003,金子書房)。随意運動は、意図に対応して、自由度のある各関節の多くがシナジー(共同)する必要があり、実際の運動現象の中で、個体自らがproprioceptor(自己固有受容器)により感覚し、運動意図と現象との差分を修正しながら、動作を修正、完成させていく適応的な運動学習モデルを考えた。彼による自己固有受容器とは関節位置覚、深部覚にとどまらず、自己の効果器の位置、運動状態を感覚するすべての感覚情報が含まれている。
2. 通常の伝統的運動学習
日常生活における動作だけでなく、習い事、書字、発声、楽器の演奏、スポーツ、理学療法など全ての運動機能の学習においては、それぞれの分野で巧緻性の高める伝統的学習方法が提案されてきた。
3. 徒手的運動学習方法:促通反復療法
鹿児島大学の医師、川平和美教授により開発された方法であり、主に脳卒中片麻痺において理論と実践的方法が確立された。運動意図と同時に皮膚刺激を与え、PNFパターン、伸張反射、皮膚反射等を介して、実際に運動現象をおこし、それを運動意図と同時に反復する実践方法である。彼は「誤りなき学習」として特定神経路への反復興奮伝導を促す「促通反復療法(川平法)」とした。参考論文(Kawahira 2010)。
4. デバイスを使う運動学習方法:HAL(Hybrid Assistive Limb)を使用したサイバニクス治療
装着者の筋力低下や麻痺が高度で、動作を起こせない場合であっても、装着型デバイスにより装着者の運動意図に基づく運動現象がおき、装着者はそれを自己固有感覚によりより運動意図と実際の運動との差分を感じそれを修正しながら動作を行い、デバイスも装着者の運動意図通りの正確な運動現象をおこすようにパワーユニット動作を修正する。山海嘉之はこれをinteractive Biofeedback(iBF)と言った(詳細はNakajima 2021)。iBFをおこすために必要な工学的な原理は「操縦装置を介さずデバイスは装着者の意図を理解し、デバイスも装着者も融合しているため同じ自己固有感覚を共有すること」であり、この工学原理をサイバニクス(Cybernics)と山海嘉之は名付けた。iBFの医学的検証が下記のNCY-3001試験とNCY-2001R試験に該当する。iBFを使って、運動意図に近い、エラーの少ない動作を成功させ、それを装着者が感覚することで報酬系も賦活化させながら、次の報酬を予想し動作を繰り返し続けることで、その随意動作に関係する特定の脳領域から対応する運動単位までの経路の機能再生を促すと同時に、歩行運動の場合は脊髄歩行運動中枢も活性化する。それを我々はサイバニクス治療と呼んでいる。



この研究室が主導しているサイバニクス治療研究

HALは代謝経路ではなく、神経回路に作用すると考え,機能回復に関して一意となる疾患群の集合を考えた。随意運動の障害における伝統的な分類の弛緩性麻痺と痙性麻痺は神経解剖学的な病変部位に対応してり,弛緩性麻痺すなわち,運動単位病変による疾患群(神経筋疾患)に対する臨床試験(NCY-3001試験)と痙性麻痺すなわち運動単位より上位に病変がある場合の臨床試験(NCY-2001試験)の両者を考案した。その際に,運動単位病変を有する疾患群である神経筋8 疾患において,運動療法は伝統的に過用症候群が懸念されていた。こため安全性の検証が重要であり、運動単位病変では運動単位電位は皮膚表面から導出すると微弱でまばらになるため,それを信号処理できるかどうかを技術的に最初にクリアにすべき課題と考え,NCY-3001 試験が優先された(詳細の経緯 Nakajima 2021)。
1. HAL医療用下肢タイプの医師主導治験(NCY-3001試験)
運動単位が障害される神経筋8疾患として、SMA、SBMA、ALS、CMT、遠位型ミオパチー、筋ジストロフィー、先天性ミオパチー、sIBMの歩行障害に対してHAL医療用下肢タイプを用いたサイバニック治療による歩行機能改善の有効性と安全性に関する無作為化比較対照クロスオーバー試験(H24?26年 度厚生労働省科学研究費補助金 難治性疾患実用化研究事業により、研究室長である中島孝が代表である9施設共同医師主導治験)を2013年から2014年まで実施した。対象は18歳以上で、上記の診断で、10mの自立歩行が困難だが、歩行補助具で可能な患者で、主要評価項目は2分間歩行試験(2MWT)とした。30名の患者をA群またはB群に無作為に割り付け、各群15名に治療法の順序を変えたクロスオーバーデザインで行った。40分の歩行プログラムを9回行い、その効果をサイバニクス治療(HAL+ホイスト)と対照治療(ホイストのみ)とで比較した。最終解析では、A群13名、B群11名の患者を対象とした。サイバニクス治療では、対照治療と比較して、2MWTの距離が10.066%有意に改善した(95%信頼区間、0.667-19.464、p=0.0369)。副次的評価項目のうち、有意な改善を示したのは下肢の徒手筋力テスト(MMT)合計スコアとケイデンスだった。副作用は、軽度の筋肉痛、腰痛、接触性皮膚障害のみであり、これらは容易に改善された。疾患による有効性や安全性に差はなく、通院/入院が有効性に影響していた。試験結果の詳細は国際医学論文で公表した(Nakajima, Sankai et al. 2021)。筋原性と神経原性共に運動単位に病変が存在するという意味で一意の集団を構成するという治験の大前提は保たれ、HAL医療下肢タイプは医療機器承認され、診療報酬がJ118-4歩行運動処置(ロボットスーツによるもの)と決定された。企業による使用成績調査結果で長期の有効性と安全性が示され、関連学会からの評価と提案で、2022年4月から保険点数は増点され(導出企業のサイト)、DPC病院においても保険償還が容易になった。
2. HAL医療用下肢タイプの医師主導治験(NCY-2001R試験)
HAM/TSP診断指針で診断されたHTLV-1関連脊髄症(HAM:HTLV-1 associated myelopathy)による痙性対麻痺およびその他の同等の慢性単相性痙性対麻痺(その他の層として主に遺伝性痙性対麻痺)の歩行障害を対象として、HAL医療用下肢タイプを用いたサイバニクス治療による歩行機能改善の有効性と安全性に関する無作為化比較対照並行群間試験(H27年度?30年度 日本医療研究開発機構研究費 難治性疾患実用化研究事業により研究室長である中島孝が代表である8施設共同医師主導治験,NCY-2001, NCY-2001R)を2014年から2018年まで実施した。対象は18歳以上で、上記の診断で、10mの自立歩行が困難だが、歩行補助具で可能な患者とした。主要評価項目は2分間歩行試験(2MWT)とした。HAM層は31例、その他の層11例で、HAL群(21例)と対照群(21例)に1:1に無作為化された(NCY-2001R試験)(JMA-IIA00257, jRCT1092220257)。2MWTは全体及びHAM層において、HAL群で有意に改善し、1ヶ月後においても維持されていた。副次評価項目では重症度(OMDS)、日常生活動作(Barthel Index)、視覚的歩行評価、PROにおいて、HAL群で有意な改善を示した。HAL使用の副作用はNCY-3001試験と類似しており、接触性皮膚炎と筋肉痛等であり、速やかに回復した。その他層10例(8例が遺伝性痙性対麻痺)においても、全体およびHAM層との差は示さなかった。この結果に基づいて2022年10月27日、HAM及び遺伝性痙性対麻痺がHAL医療用下肢タイプの適応に追加された導出企業のサイトPMDAサイトを参照)。2023年秋までにはこの疾患名の追加は健康保険収載に反映される見通である(本研究室長の過去の事例から判断した見解)。
3. HALを使用したNCY-3001試験およびNCY-2001試験後の継続的観察研究
HAL医療用下肢タイプを実際に運用した患者さん、HAL自立支援用下肢タイプを使用した患者の長期データを国立病院機構病院の有志で収集している。観察研究レジストリー(NCY extended03)を管理運営(JMA-IIA00433, jRCT1092220433)している。このレジストリーは厚生労働省難病対策事業(松村班、中島健二班、山野班、戸田班)の支援をうけている。
4. 脳卒中に対するHALを使用したニューロリハビリテーション研究
HAL医療用下肢タイプの機能が制限した、医療現場で汎用的に使用できる福祉用具のHAL自立支援用下肢タイプを患者に合わせて急性期においても非急性期においても併用することで、症例によって明らかに運動機能改善効果が認められている(中島孝2022)。本研究室は国立循環器病センターと急性期の共同研究を複数おこなった(2019, 2020, 2023)。現在も、各種の観察研究を組ながら、今後の非急性期の臨床試験(治験)に向けた準備をおこなっており、現在、通常診療に患者さんの病態に合わせてHAL自立支援用下肢タイプを併用する患者さんを募集しており、その結果を観察研究としてまとめる(SH-1002試験)予定である(jRCT1030220498)。そのため、非急性期脳卒中患者さんへむけに、病院のWEBページに広報文を公開している(2023年5月=j。詳細な情報、該当者の基準などは、当院のホームページの「HALを使った慢性期脳卒中リハビリの観察研究に参加する患者さんを募集しています」を参照
5. HALと薬剤との複合療法に関する観察研究
進行性の神経筋難病の代表であるSMA(脊髄性筋萎縮症)はSMN2遺伝子のスプライシングを変えSMN蛋白の産生を高める治療としてアンチセンス核酸医薬、ヌシネルセンが2017年から、低分子薬のリスジプラムが2021年から承認され保険適用となった。発症してから早期にこれらを投与できない場合は、残念ながら治療後にプラセボと比べて悪化速度は改善するものの、症状改善は十分に得られていない。その際に単独使用で有効性が示され承認済のヌシネルセン治療とサイバニクス治療を患者さんの病態に合わせて臨床医の判断で併用することでさらに機能改善が得られると考えられたため、本研究室と共同研究者で観察研究(JMA-IIA00400, jRCT1090220400)を実施した。予想どおりの結果がえられているため、現在観察研究結果を公表出版準備中である。球脊髄性筋萎縮症(SBMA)は進行性の下位運動ニューロン病であるが、血清クレアチンキナーゼ(CK)値が1000U/Lを超える方が多く筋の障害マーカとしても、治療マーカとしても使用できる。日本で承認されたリュープロレリン治療はテストステロン値を下げる原因治療としてドラッグレポジショニングされ、嚥下機能障害に対する一定の有効性が認められ承認されたが、歩行機能が改善しないという問題があった(PMDA資料参照)。本研究室の成果として、HAL医療用下肢タイプを併用することで、歩行機能を改善させると同時に血清CK値を低下させる効果が示された(中辻&中島等2022)。

HALの治療前後の動画像を説明付きで参照動画のダウンロード

(Copyright c 2022 Nakatsuji, Ikeda, Hashizume, Katsuno, Sobue and Nakajima. This is an open-access article distributed under the terms of the Creative Commons Attribution License (CC BY). The use, distribution or reproduction in other forums is permitted, provided the original author(s) and the copyright owner(s) are credited and that the original publication in this journal is cited, in accordance with accepted academic practice. No use, distribution or reproduction is permitted which does not comply with these terms.)

デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD、筋強直性ジストロフィー、ALS、遠位型ミオパチーでも複数の治験が行われ、承認前の治療薬があり、これらの原因治療薬、疾患修飾薬とHALとの複合療法が今後期待される。
6. 新学問領域として新たな神経機能再生治療法分野を提唱
国際医学雑誌Frontiers in Neurologyはインパクトファクター4.086 (2022-2023)として評価されている中堅どころの国際誌であり、新規の学問領域の確立に前向であり、研究室長はサイバニクス治療等を使った神経機能再生治療(neuro-functional regenerative therapy)に関するトピックスを「Device/pharmaceutical supported Neuro-functional Regeneration/Recovery in Neurological Disorders」立ち上げて現在(2023年1月24日・span lang=EN-US>2023年12月17日まで)論文投稿期間としている。



神経可塑性および変性の画像化に関して行っている最新研究

ニューロリハビリテーションの効果、神経可塑性による変化を非侵襲的な脳画像評価に基づき解析する方法として、fMRIとMRI-DTIによる方法がある。私達の研究室では、さらにMRI-DTIによる神経伝導路だけでなく、大脳皮質の変化を評価する方法Cortical disarray measurement(CDM)をオックスフォード大学のスピンオフ企業のOxford Brain Diagnostic社と共同研究している。 本研究室ではアルツハイマー病モデルを利用して、Amyloid沈着に関連した神経変性を画像化する共同研究を行った。研究課題名は「認知症とその重症度の鑑別診断のための臨床MRI検査を利用した皮質整列異常測定(Cortical Disarray Measurement: CDMR)法に関するプレパイロット研究(An exploratory pre-pilot study on cortical disarray measurement(CDM) analysis methods for dementia)(jRCT1032210367)」。その成果をAAIC 2023 国際アルツハイマー病会議 (Alzheimer’s Association International Conference | July 16-20, 2023 | Amsterdam, Netherlands)にて公表決定(公表時刻、2023年7月18日8:45 CEST, 15:45日本標準時)。本研究は多種な認知症疾患を鑑別する目的特に、Lecanemab治療前の検査として利用、治療評価および神経可塑性評価にも応用可能と考えている。



患者報告アウトカム(PRO,Patient Reported Outcome)としてのSEIQoL法の実用化に関する研究

ニューロリハビリテーションの効果判定として、患者自身による主観的評価研究として、SEIQoL(The Schedule for the Evaluation of Individual Quality of Life)の研究をおこなっている。日本語版SEIQoL-DW事務局でユーザー会を組織し、定期的なセミナーを開催している。SEIQoL-DW日本語版初版がダウンロードできる(ダウンロード)。研究室長による「臨床・研究で活用できる!QOL評価マニュアル」第6章の2の「SEIQoL」の解説論文が医学書院から出版されました




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